パリ ペール・ラシェーズ墓地

ショパンは熱烈なポーランド愛国主義者だったが、1835年にフランス市民になり、1849年10月17日39歳でこの世を去った。
今でも墓地には多くのファンが訪れ冬場でもささげられる多くの花が絶えることはない。
私は拝んでいる時に、ショパンさんはポーランド人だが、故郷に帰りたかったのではないかと思った。

ペール・ラシェーズは、パリで最大かつ最も有名な墓地である。
パリ東部の20区に位置し、44ヘクタールの敷地には70,000以上の埋葬地がある。

国王ルイ14世の告解師であったフランソワ・デクス・ド・ラ・シェーズの名にちなみ名づけられた。

ここには戦争の記念碑や数多くのフランスの著名人の埋葬地があり、世界で最も訪問者の多いと言われている。

野中元右衛門(元輔)氏はパリで亡くなった最初の日本人です。
彼は第二回パリ万博のために5月5日パリに到着して間もなく1867年5月13日に亡くなった。享年56歳。